2026-09-23

あばれぬま

台風の影響で、関東で大雨が降った
ようで、また千葉で水害が発生したと
報じられていました。ボクが見た
ニュースでは堤防が決壊した印旛沼の
様子が映し出されていました。

そもそも沼に堤防なんかあるの?
と思ったりしましたが、印旛沼は
暴れ沼と呼ばれていた時代もあった
のを知り、エッとなりました。

印旛沼というのは利根川と外房線に
はさまれたエリアの盆地みたいに
なっていて、かなり流域面積が大きい
みたいです。ボクはてっきり
船橋、佐倉、八街、成田に降った雨は
そのまま東京湾とか、外房に流れて
ゆくのかと思っていました。
たしかに花見川の放水路があって、
東京湾には流れ込むようになって
いますが、もしそれが無ければ、
印旛沼のあたりに集まって、利根川
から海へ出てゆくみたいです。

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家康は江戸の東側での新田開発や
通運などのために、利根川の流れを
東に向ける大事業を展開しました。

この頃の印旛沼はいまより大きくて、
周辺が湿地帯だったらしいですが、
利根川が北側を通ることになった
ので、氾濫すると水位差の少ない
印旛沼に逆流してしまうように
なったみたいです。しかも盆地の
ようになっているので、流域で大雨が
降ると、集まってくる水と、利根川
からの水で印旛沼周辺が水浸しに
なってしまうようなことが
起きたわけです。

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今回の堤防決壊が、暴れ沼と呼ば
れた時代の状況と同じとは言わない
ですが、もともと周辺に降った周囲の
雨水が集まるような地形であった
というのは意外でした。